Tuesday, March 24, 2009

暗闇の中であるけない人


今日、会議室で某若手と雑談していて聴いた話。

エグゼクティブ・サーチの人に言わせると、BCG出身者は、「暗闇で歩けない人」ということになるらしい。

曰く、小さな火種さえあればそれを増幅して機会に育てることが出来る。その点については異常に高度な訓練を受けていますね。だからどんな危機に陥った会社でも、絶望的な環境の中から小さな成長の目を見つけ出して、それを大きな成長の糧に育てる技術はあると。でも、本当に真っ暗になってしまったときに、どっちに行きたいですか?と問うと、まったく身動きが取れない人、ということらしい。

一言で言うと、会社をそろそろやめようかな、ということでエグゼクティブ・サーチの門を叩く人に、「では、次になにがやりたいですか?」と聴くと、答えが返ってこない人が多い、ということらしいのです。そういう人ばっかりって言うのは、やっぱり珍しい、ということらしいのですね。

先日、坂本龍一の自伝を読んで、スタジオミュージシャンのまま、職人的な技術だけは異常に発達しているけど、世の中に何かを残す様な内発的な感情に基づくクリエーションは達成できないまま、キャリアを終える音楽家を見て、坂本龍一が、ああはなりたくないな、と思ったというエピソードを書きましたが、ちょっとそれに似ていますよね。

同じ本の中に、坂本龍一が、ビートルズが登場してきたときに、その余の洗練度合いにびっくりした、という話が出てきて、同時期にまた、ストーンズが出てきたときに、あまりのヘタさにびっくりした、こんなんでも世の中に出していいんだ、と思ったという話が出てきます。

ビートルズの話はともかく、ストーンズは、まあヘタですが、やっぱり当時はヘタな音楽が多くて、例えば僕が気が狂うほど好きなクロード・ルルーシュの「男と女」の劇中音楽は、フランシス・レイがやっていて、この音楽がまた脳を溶かす様な甘美さなんですが、やっぱり演奏はすごいヘタだし、あとサイモン&ガーファンクルなんかも、やっぱりヘタですよね。

でも、ヘタでも残る音楽と、どんなに演奏技術的に優れていても残らない音楽っていうのがあって、やっぱりヘタでもクリエイションするヤツが、一番偉いんだという矜持を、僕は持っていたいですね。あんまりクリエイションできていないんで、忸怩たるものがあるんですけど。

あと蛇足ですけど広告会社、例えば僕が以前にいた電通でも、広告のプランナーとかアートを作る人を「クリエイター」と言っていたりしますが(電通では伝統的にイを抜かしてクリエーターと書きますが)、こんなの超お笑いぐさで、あんなものはクリエーションでもなんでもないですね、はい。

なぜかって?だって、市場原理にさらされてないですから。クリエーションってやっぱりシビアであるべきで、作品のもたらす生理的な快感が、そのまま経済的な評価にビシっと跳ね返る世界なんですけど、広告は作品としての評価はされないですからね。

広告会社のクリエーターっていうのはボヘミアンを気取る官僚なんですよね。そういう意味では世界で一番いい職業かもしれません。

自由人を気取りながら、既得権益で食う。

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