Thursday, March 26, 2009

4つのプリズムで見る自分

最近になってやっと分かってきたことなのですが、人生を幸せに生きるためには、自分を正確に把握する、自分の能力と競争力を精密にスキャンする、ということが非常に重要なのではないでしょうか。

当たり前じゃないか、と思われるかも知れませんが、実はこれは非常に難しいのだということも、同時に最近思い始めています。

なぜかというと、自分というのは一種の蜃気楼みたいなもので、いろいろなプリズムを通じて違うものが見えてしまうからなんですね。どういうプリズムかと言うと、

1:他人と言うプリズムで見た自分
2:自分というプリズムで見た自分
3:自分の憧れというプリズムで見た自分
4:自分の欲望というプリズムで見た自分

の4つなんです。

まず1は、まあ読んだままですね。何が得意で何が不得意で、こういうところがよくって、こういうところはよくない、という、他人から見た人物像ということです。

次に2も、まあ読んだままですね。これもやはり同じように、何が得意で何が不得意で、こういうところがよくって、こういうところはよくない、という、自分に対する人物像ということです。

で3は、2という自己認識に対して、こうであったらいいな、とかこうなりたいな、という、まあ憧れですね。いわゆる自己実現は、ここで言う2から3への移行ということになります。

最後に4は、自分としてはなかなかそうなれないんだけど、自然体で好きなことやるっていうことになると、こうなっちゃうよね、という人物です。例えば、ピカソなんかは、この4をそのまま自分の人生としてい生きた人ですね。僕の場合は、例えばタバコ吸ったりとか、マンガを電車の中で読むとか、まあ自分であんまりかっこいいとか生産的だとか思っていない行動とかが入ってきます。

で、まず問題になるのが、1と2は相当ズレている、という点です。
ここにまず、人生で失敗しちゃう大きな落とし穴があります。だって自分で得意と思っていることは人からはそんなに評価されなくて、他人が評価してくれるところを、自分で得意だと思っていないということですから。

次の落とし穴が、自分の得意点に立脚しないで3を夢想するので、全然実現しない、というところですね。要するに的外れな、ピントのずれた憧れを持っちゃう、ということです。僕の場合でいうと、メトロポリタンのキュレーターとか、大学の哲学科の教授とか、歴史書を濫読しているとか、そういうのに対するあこがれがあるんですが、やっとこの年になってわかったのは、もう全く、ゼンッゼン向いていないですね。たまたまそっち方面に攻めてなかったんで運がよかったんですけど。

加えて、僕の場合でいうと、最初に広告プランナーを目指したのも、これも危なかったですね。今から思うと電通の人事部もよく人を見ているんだな、という気がするのですが、「キミは営業向きだな」と言って、まあ営業なんてカッコ悪いと思っていたので、非常にガックリ来たんですが、これも1、2、3の間の齟齬の典型的な事例ですね。1=この子は客あしらいがうまそうだけど発想力はないし、音楽の知識も美術の知識も中途半端なので営業ですね、2=自分はアイデアマンで、美術とか音楽の造詣も深い、3=CMプランナーで賞をとりまくっている自分はかっこいい、という、こういう齟齬ですね

ここまでを簡単にまとめると、

好きなことと得意なこととあこがれることは、みんな違う

ということと、

得意なことをやれば成功するけど、自分が考える「自分の得意なこと」と他人様が考える「自分の得意なこと」は必ず違う

ということです。

最後に、4なんですが、これはカミングアウトして生きる、ということですね。ある種素っ裸で生きるということ。好きなことしかしない。道徳なんて知るか、という生き方。僕から見ると、4で生きているのは、先述したピカソとか、もう女ったらしがキャラとして成立している石田純一とか、あと別種のところで言えばちびまる子ちゃんのパパなんかも、そうですね。家でビール飲んでお笑い見てお風呂入って寝る。なんか文句あんのか、という生活。実に素晴らしいですね。

やはり1も2も3も関係なく、4で行くっていうのが一番いいですね。

でも普通の人にとって切実なのは、まずは1と2のギャップを認識することだと思います。まずはある程度成功するためにはここは絶対にクリティカルだと思う。1と2がそろってないとまず人並み以上に活躍するって言うのはありえないんじゃないでしょうか。

で、1と2が揃うと、筋のいい方向で3を目指すことになるんで、とんとん拍子に行きやすくなる、という。

最後に付け加えると、2の自己認識は、両親が自分に対して持つ認識に基づいていることが多いのではないでしょうか?僕の場合はそうだったんですが、親の評価が必ずしも世間の評価と一致しないので、だから1と2で齟齬が起きちゃうんですよね。

ちなみにうちの両親はいまだに、僕のことを発想力と感性の人、と思っていますが、すくなくともそれを武器にして世の中で戦っていけるほどのレベルではない、ということはこの年になってようやくわかったので猪突猛進しないでよかったです。

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