善悪の彼岸へ 宮内勝典

善悪の彼岸へ 宮内勝典

ジャングルの奥深くにコミュニティを形成し、最終的に916人の信者に青酸カリを飲ませて自身も自殺した人民寺院の教祖、ジム・ジョーンズは、少年期から異様なカリスマぶりを発揮し、自宅にある自室を教会として既に熱心な少年信者を集めていた

彼は異常な支配願望を持つと同時に、暗殺される、食事にガラス片が混じっている、といった統合失調症(以前の精神分裂病)に特有のパラノイア症状を持っていた。不思議なことに、このパラノイア症状が嵩じる時期は、本格的な教祖へと成長していく時期とオーバーラップしている。いや、むしろ、教祖の狂的な妄想が、そもそも教団の求心力だったのだろう。

教団は順調に成長したものの、ジム・ジョーンズの心は崩壊しつつあった。人民寺院での説教は、自分がいかにテクニシャンで精力絶倫で女性たちを満足させることができるか、というセックス談義に明け暮れる様になった。ハーレムの王の様に、若い女性信者を片っ端から愛人にする上、白人の男性信者まで犯した。

その上、信者には禁欲を強制し、夫婦を離婚させ、セックスパートナーを自らの意思で組み替えたりした。理由は明白で、あらゆる人間関係を破壊し、教祖と信者との一対一の関係に追いつめていくためである。それ以外の人間関係は、恋人や夫婦はおろか、親子でさえ認めない。

地下鉄サリン事件は許されることではない。ただ、この事件が自分たちとは全く無関係な気違いが起こした事件だとして、表面的に弾劾するだけのテレビのコメンテーターにも反発を感じる。わかりきった陳腐な正義をふりかざすだけで犯罪を生み出した要因となる闇の深部へ降りていこう姿勢は、皆無だった。

ただ一人、東大医学部の教え子からオウム信者を出してしまったということを恥じているのか、痛ましいほどに打ちひしがれている養老孟司氏の姿に感銘を受けた。それこそが、まっとうな大人の姿ではないのか?あの教団を生み出し、信者を生み出したのは他ならぬ我々の社会なのだ。

オウム・シスターズの舞を見たとき、あまりの下手さに驚いた。あっけにとられながらも、これは見過ごせない、大事な何かを示唆していると感じた。オウムの記者会見のときに背後に映し出された曼荼羅の、あまりの稚拙さにも同様の何かを感じる。

それだけではない。私の自宅に送られてくるオウムの新聞・パンフレット・出版物など、いまどきこんなにセンスの悪い印刷物があるのかと首を傾げたくなるほどひどい出来映えである。ビデオもひどい。サリン工場をカムフラージュするために作られた発泡スチロールのシヴァ神の像も、まったく唖然とさせられる代物だった。私はただ単に、教祖が弱視だから視覚表現に重きを置いていないのだろうな、と思っていたのだが、考えてみると、総選挙に立候補したときの「ショーコーショーコーショコショコショーコー」という教祖自作の歌も噴飯ものだった。つまり、オウム真理教の作り出す芸術表現は、どれもきわめて低レベルなのである。これは何か重要な点を示唆していると思う。

麻原彰晃の著作、オウム真理教の表現に通底している特徴を端的に言えば「美の欠如」ということにつきる。こうした美意識の欠如は、オウムの教義そのものに深い陰を落としている。偏差値教育を受け、醜悪な家具と街に育ったエリートが、あれほど美意識や神性の欠落したオウムのコミュニケーションに接触し、何らの違和感もなく階層性ばかり強調する一見論理的な教義に同調してしまった。

新しい教団は必ず家族と敵対する。「イエスの方舟」事件がそうだった。若い女性たちが次々に家出して小さな教団で共同生活を営む様になった。親たちは娘を返せ、と叫び続けたが聞き入れられなかった。教団と言っても、東京郊外の空き地に立てたテントやバスが教会であり、そのバスの屋根の上には小型の寝室を取り付けて、ごくささやかな原始共同生活を営んでいたに過ぎない。「千石イエス」と名乗る教祖も、正式の司祭ではなく、刃物研ぎの行商をするかたわら布教活動をしていた。キリスト教の伝統からも逸脱しており、これがさらに疑惑をあおった。そしてマスメディアや家族の追求が激しくなった1978年、「イエスの方舟」の信者たち26人はこつ然と姿を消した。

人民寺院と同様のプロセスと結末を迎えたカルト教団としては「太陽寺院」がある。太陽寺院の集団自殺については辻由美が「カルト教団 太陽寺院事件」(みすず書房)に詳細な記録がある。

太陽寺院もそうであるが、カルト教団に共通しているのは「名前を変える」ことである。オウム真理教でも「ホーリーネーム」と称して信者には別の名前を与えた。名前を変えさせることでアイデンティティを破壊し、過去の世界に戻る橋を打ち壊すのである。

確かに、大悲心、つまり他人の利益を願う心がありさえすれば、殺生そのものも罪悪とはならないという「条件付き殺害肯定論」は、大乗仏教の戒律観の一形態として存在する。これがポアの論理である。この部分は、中村雄二郎著「日本文化における罪と罰」(新潮社)に、よく噛み砕いた形で引用されている。