千と千尋の神隠し


前から大好きな映画ですが、今日あらためて見て見て、よく出来ているなと思ったこと。

千尋っていうのは、余程のことじゃないとおもしろがりませんよ、という現代っ子の典型だけれども、その性格を表すのにプチブルジョアの家庭出身として描いているのが面白いな、と。

冒頭で、家族とともに迷い道に入ってしまうシーンが出てきますけれども、ここで家族が乗っているのは恐らくアウディのA4ですね。しかも左ハンドルのマニュアル。

アウディのA4っていうのは、本当のお金持ちなら乗らないクルマでしょうが(金があるなら同じアウディでもA6とかA8か、もしくは利便性を考えてカローラとかゴルフにするはずで、A4というクルマは、まあ中途半端ですよね)、まあ、つまりプチブルに好まれる属性(サラリーマンの給料でもローンを組めば変えなくはない)を持っている訳ですね。

それで、二つ目のポイントが、リアシートに座る千尋の隣に置かれている紀伊国屋の紙袋でしょう。紀伊国屋って、刺身のパックがだいたい2000円とか3000円とか、グレープフルーツが一個1000円とか、もうとんでもない値付けで、またそこにいつ行っても人がわさわさ居るのが、一体この国のどこが不景気なんだ、と思わせる店ですけど、まあその店の買い物袋ががさっと置かれているのが、ああ、この子は、やっぱり何不自由なく育ってきたんだな、と思わせる設定がよく出来ているんですね。

あと兄弟が出てこない、っていうのもポイントの一つかも知れません。隣のトトロでは姉妹が主人公になりますけれども、「何不自由なく育った」感を出すには、一人っ子の方が良い、ってことなのかも知れません。

その、何一つ不自由なく、わがままに育てられた子が、とにかく生きのびる、っていうことについていろいろと考えてなんとかしていく過程で、逞しさを獲得して行く過程っていうのが、単純ですけどこの映画の本質で、それは本質的には「魔女の宅急便」と同じ構造なんだと思います。