模倣される日本 浜野保樹 読了

:日本人の知らないところで、日本が真似されている。
:日本人が思っている以上に、外国人は日本の文化をクールだと思っている。
:この価値をしっかりと認識しないと、日本の文化はかつての「浮世絵」の様に、外国でその素晴らしさが喧伝されているにも関わらず、文化として滅びてしまう、という事態になりかねない。

ということを説いているのですが、さすがに東大の教授の論考だけに、「こう思いました~」というブログレベルの書きぶりでなく、論拠にいろいろなソースが引用されていて、面白かったです。

リンドバーグの奥さんが書いた日本論って、前から面白そうだなと思っていたのですが、この本読んで読んでみようと思いました。

■タランティーノは、ビデオ屋のバイト時代に日本映画をみまくって、引き出しを増やした
:ロサンゼルスで一番クールと言われたビデオ屋「ビデオ・アーカイヴス」に高校中退で勤めた
:店員はみな俳優か監督志望
:人気作品は置かず「無名のものほど価値がある」というヘンな品揃えのビデオ屋だった

■実は、日本のアニメの実写化権は、既にハリウッドに買い捲られている
:きっかけは攻殻機動隊を実写にしたマトリックスの成功
;現在、ドラゴンボール、AKIRA、ルパン三世、エヴァンゲリオンといった作品の実写化権は、ハリウッドに保有されている

■見たことない映像のソースに、ハリウッドは飢えている
:ハリウッド映画は全てパクリで出来ているが、パクリ先がなくなってしまった
:そこへ日本のアニメや漫画が出てきた
:これらのエンタテインメントは、日本という国で、独自のメディアで育ったために、書法や語法が、これまでの映画と異なっているため、外国人には非常に新鮮に見える

■なかでもスピルバーグはパクリの天才
:アルマゲドンという映画の準備が進んでいて、宇宙からの落下物が地球にぶつかるという企画で、非常にプレの評判がいいと聞くと、あっという間に同様のストーリーの「ディープインパクト」を企画し、ヒットさせた
:バグズ・ライフの様な昆虫ものがヒットしそうだとなると、「アンツ」を作る
:シン・レッドラインの様なリアルな戦争モノが受けそうだとなると、プライベート・ライアンをぶつける
:全て、先行する企画よりも素早く、しかも安く作って、数ヶ月前に封切っている
:これは、BCGが提唱している「タイムベース競争」の成功例の最たるものだ
:企画の開発費を他社に依存する構造で効率的
:しかも他社の進めている企画への評判がマーケットリサーチとなるため、リスクも少ない

■欧米人には、東洋人は、みな同じに見える(らしい)
:欧米人には、日本人の顔がみな同じに見えるらしい
:それが日本の実写映画の人気がイマイチ欧米で盛り上がらない理由
:台湾、香港、韓国で大ヒットした日本のドラマ:Love Letterは欧州では全然ヒットしなかった
:その理由として、一人二役を演じる中山美穂、複雑なストーリーに、大混乱したらしい
:欧米では単純な話しかうけない
:黒澤明の作品の人気が欧米で高いのは、上田吉次郎や左卜全といった、超個性的な俳優を使っているために、欧米人にもキャラが区別しやすいということなのかも知れない

■韓国でも日本のコミックはものすごい人気だが、貸本が中心なので販売部数は少ない
:10万部を超えれば大ヒット
:という中で、ドラゴンボールは250万部も売れた

■フランスでもっとも有名な日本人は鳥山明
:在仏日本大使館が調査したところ、日本人でもっともフランス人に知られているのは鳥山明だった
:そして、この話を在仏日本財界のパーティでしたところ、鳥山明を知る人はだれもいなかった
:こんな状態で文化政策なんて考えられるのか

■日本の浮世絵はフランスの印象派を生んだが、自分たちでは命脈を閉じてしまった

■日本人の芸術性の高さを認めるのは、日本人よりもむしろ外国人
:リンドバークの奥さんであるアン・モロー・リンドバーグは、1931年に夫妻で日本に来ている
:1935年に刊行された旅行記「翼よ、北に」には、日本の印象が語られている、曰く
:すべての日本人には芸術家の素質がある。そのような芸術的なタッチはあらゆるところに見られる。しごくあっさりした着物のうちにも、毛筆の書き流す文字のうちにも見られる。雨の通りに花ひらく、青や赤の番傘や蛇の目傘のうちにも、普段使いの食器のうちにも見られる。わたしは、日常生活のうちの紙と紐すらも、日本特有のタッチによって、かりそめならぬものに変えられているのだと感じるようになった。あるとき、わたしたちは日本の通りを歩いていた。藍の浴衣を着て、背中に赤ちゃんをおぶっている女の人が街角に立っていた。雨が降りしきり、彼女は濃い青に白い輪の入った傘を頭の後ろに掲げ持っていた。わたしの友達は、「まるで後光みたいでしょう」と言った。雨の日、日本の女性はだれでもこうした後光をいだいている。それは日本では最もありふれた種類の雨傘なのだ

■欧米的な閉じたアートではない「美」が日本にはアル
:アンは、鑑賞するためだけに作られたアートではない、美のための美ではない、生活の中にある美の存在に感銘を受ける
:アート、という言葉は、美が自立的に存在するものにこそ価値があるとするヨーロッパの文化的枠組みを背景に持っている
:その枠組みに絡めとられると、日本人の生活に根付いていた美は、生活から切り離され、美術館でつかの間眺められる代物になってしまう

■日本の携帯電話の醜さ
:パソコンの父、アラン・ケイは、日本に訪れた際、螺鈿細工の印籠を見て「日本には200年も前にこんなに美しいモバイルを作っていたのに、なんでいまの携帯電話はあんあ醜いものしか作れないのか」と言った

■日本の子供向け商品は世界を制覇するかも知れない
:中国で2001年に行われた20代以上の男女を対象にしたキャラクター人気ランキングでは、
1位=くれよんしんちゃん
2位=孫悟空(ドラゴンボールの)
3位=ドラえもん
4位=名探偵コナン
5位=ちびまる子ちゃん
6位=スヌーピー
7位=ドナルドダック
8位=ミッキーマウス
8位=ガーフィールド
10位=桜木花道
となっている。
恐るべし、日本キャラクター。
あと、日本勢ばかりか、同僚のドナルドにまで抜かれているミッキーの落ちぶれぶりが気になる
:日本はもともと、諸外国から「子供の天国」といわれており、子供のために費やされる金額が大きい
:その大きな市場を背景に、強力な競争力を持つ商品が生み出されており、これらの商品が世界中で子供たちを虜にしている
:明治三年に雇われ外国人教師として来日したアメリカ人、グリフィスは「日本ほど子供の喜ぶものを売るおもちゃ屋や縁日の多い国はない」と、書いているくらいだから、この特徴は昔からのものなのだろう

■まなぶはまねる
:もともと、文学でも古典芸能でも、本当のゴールは古典にあって、新しいものを生み出すことを求められていない
:日本は文字を中国から輸入し、法律も都市計画も中国のそれにならった
:自国の歴史より、中国の歴史に通暁することが教養とされた
:谷崎潤一郎は「理想は前人未到の新しき美を独創するにあるのではなく、いにしえの詩聖、歌聖が至り得た境地へ、自分も到達することにあった」
:これは美術家の村上隆の活動を言いえている。
:村上は芸大で日本画の博士課程に学んだが「古に復すことを理想」とする世界では、日本画ではない、新しいものを作り出す以外に道がなかったろうと思われる

■建設省制定の「ユートピアソング」というのがある
:日本は、日本が大嫌いなので、日本でなくなるまで景観破壊を続ける
:そして、景観破壊の賛歌が、1957年に建設省が制定した「ユートピア・ソング」である
:歌詞はこうだ

風がそよぐよ ドライブウェイ
軽いリズムで どこまでも
歌は流れる リボンはゆれる
山も谷間も アスファルト
ランラン ランラン
ランラランラン ランラン
素敵な ユートピア

山も谷間もアスファルト~・・・・実に恐るべき歌だ

■映画も、見る人が見るとすごい作品と言うのはわかる、らしい
:1951年、ヴェネチア映画祭の事務局は、日本映画の選出を、日本のイタリア・フィルム社長のジュリアーナ・ストラミジョリ女史に依頼する。
:彼女は、何十本と日本映画を見ている中で「羅生門」の出品を制作会社である大映に進めた
:当の大映は、まず社長が、企画段階でこの映画の製作に難色を示し、その上、出来上がった作品を見て「わけがわからん!」といって憤慨し、制作を推進した重役やプロデューサーを左遷していた
:その社長に気づかったらしく、大映は「字幕を入れる費用がもったいない」という理由で、出品を辞退しようとした
:ストラミジョリ女史は、自費で字幕を入れてもいいので出品したい、ということで大映はしぶしぶ出品した
:しかし、羅生門は、グランプリである金獅子賞に選ばれた
:そして、アカデミー賞にも選ばれた
:最終的には、1982年におこなわれたヴェネチア映画祭50周年記念の、歴代グランプリで、なんと一位=グランプリオブグランプリに選ばれてしまった

■クレヨンシンちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲 は恐るべき作品である
:明治以来、日本は「脱亜入欧」を掛け声に、西洋人になろうとし、東京をパリやロンドンの様にしようとしてきた
:が、それは、土台無理な相談である・・・・日本人の脚は伸びないし、目は青くならない。東京の下町はパリの下町の用にはならない
:谷崎などはただ、東京がパリのようではないことにイヤでイヤで仕方なかったと述懐している
:無理難題を目標として押し付けられると、人はゆがんでしまう
:その結果が、今という社会なのではないか
:クレヨンしんちゃん~では、望んでいた様な未来は来ないことに気付いたオトナたちが、過去のノスタルジーに浸れる特殊な「匂い」を開発し、これを皆で吸って過去の思い出に生きようとするが、それをシンちゃんに阻まれるというストーリーであり、正直、こんなものが子供に受けるとは思えないが、子供はストーリーを逐一追っているわけではなく、瞬間瞬間の表情や立ち居振る舞いが面白ければそれでいいわけで、ストーリーの深さで楽しむ大人と、シンちゃんの表情で笑う子供という、一粒で二度美味しい映画が出来上がっている