鉄鼠の檻 京極夏彦 読了

京極夏彦さんの小説を初めて読んだけど面白かったです。

アマゾンで買ったので厚みがわからなかったのですが、届いてみたら文庫本にも関わらず1500ページの大部で厚さが6センチもあり、うわあ読み切れるかな、と思ったのですが、あっという間に最後まで読み切ってしまいました。

和漢古書を専門にする古本屋「京極堂」主人にして、その実体は陰陽師という中禅寺秋彦が主人公で、この人が、箱根仙石原の山奥深くにある禅寺を中心にして起こる僧侶の連続殺人事件に挑む、という話ですが、いわゆるトリック解きの探偵物とは異なります。

本好きの方ならピンと来るかも知れませんが、設定は碩学ウンベルト・エーコの傑作「薔薇の名前」と非常によく似ています。薔薇の名前では、僧院が収蔵している「本」が物語の謎を解く鍵になってきますが、こちらの話も同じです。

主人公をして、「ここにあってはならない」と言わしめる本があることによって、事件が起こると、まあそういう話です。

まとめてしまうと古寺を舞台にした探偵小説ということなのですが、同じ様な舞台設定が多い横溝正史と異なるのは、こちらは禅や仏教に関する膨大なリサーチが前提になっていて、読み進めるうちに日本の仏教史、曹洞宗と臨済宗の違い、禅における思考様式などがある程度見えてくる、というのが面白いところです。

よく、禅宗の和尚さんが「ほにゃらららほにゃらら、これいかに?」とか訊いて、若い坊主がそれに答える、みたいなシチュエーションがありますが、あのクイズ、というかパズルみたいな質問は「公案」と言って、その場で考えた物ではなく、基本問題がちゃんとある、というのも面白かった。だから有名な「公案」というのもあって、この小説の中では「狗子仏性」(くしぶっしょう、と読む)というのが出てきます。

簡単に言うと、

ある日、雲水が趙州和尚に「犬に仏性はあるか?」と訊くと「ない」との答え。
別の日に、雲水が趙州和尚に「犬に仏性はあるか?」と訊くと「ある」との答え。
さあ、この矛盾をどう解く?

というものです。これは「アル」と「ナイ」の二元論をどう考えるか、という問題ですね。
二元論はアリストテレスがまとめた形式論理学の世界ですが、禅はそれとは異なる認識の知性を持っている様です。

あともう一つ面白かったのが「南泉斬猫」という公案で、これは

ある日、若い坊主たちが猫に仏性はあるかないか、ということで議論していた。
騒がしいので南泉老師が出てきて問うて曰く、

「禅を一言で言い得てみよ。言い得なければこの猫を斬る」

雲水たちは静まり返り、一言も発せない。老師は猫を斬った。

その夜、老師は若い別の雲水(上の狗子仏性で和尚だった趙州の若い頃)に、同じことを訊いたところ、趙州は草履を頭の上に乗っけてすたこらさっさと逃げてしまった。

それを見て南泉老師は「お前が昼に居たら猫を斬らずに済んだのに・・・」と嘆息した。

という話です。

まったく意味が分かりません。猫が可哀想。

本節の謎解きも面白いのですが、禅寺での殺人事件ということで、こういった禅にまつわる話が謎解きの鍵として出て来るので、それを追っかけて行くだけでも面白いですよ。