Don't let me think!

という表題の本が、米国で出されたのは多分10年ほど前だったと思います。
これは、ひと言で言えば、多くのウェブサイトは直感的なオペレーションを前提にしていないため、非常に戸惑うことが多いことを非難した本です。

当時僕は電通のAEでしたが、読んで、まあ当たり前だよな、という感想を持ちました。

で、10年経っていまだに当たり前のことが多くの企業にとって出来ないのだな、とやはり思う今日この頃なのです。

例えば、YouTube。「お気に入りに登録」というボタンがあるにもかかわらず、登録した「お気に入り」をどうやれば見られるのか、まったく見当がつかない。そのストレスはすさまじいものがあります。

僕は前著で、グーグルが生み出している価値の本質は時間の節約だ、と指摘しました。マルクスは資本論の中で、労働力が過剰で資本が希少な世界の行く末を描きましたが、現代は資本が過剰である一方、クリエイティブクラスの労働時間が希少な世界になってしまいました(リチャード・フロリダ的に言えば)。

グーグルは、何もコンテンツを生み出しません。ただ、どのコンテンツが誰にとって有用なのかというマッチメークをしているだけです。整理するだけの企業が、時価総額で数兆円をかぞえるに至っている。コンテンツを生み出す企業で、これに匹敵する時価総額を生み出している企業は存在しません。これは非常にシンプルに、コンテンツを生み出す会社より、コンテンツを整理するだけの会社の方が、生産性が高いと、市場が判断している、ということです。

数字で具体的に考えてみると分かりやすいのですが、例えばツタヤの大型店だと映画のDVDは2~3万本の在庫になります。30歳の人が、これから毎日映画を見たとしても、平均寿命である79歳(男性)までかかって、17885本しか見られません。

DVDタイトルの販売履歴、つまり一枚以上日本で去年に売れたCDのタイトル数は優に200万枚を超えるので、要するに一生かかって見られる量の、数百倍のタイトルが既にストックとして存在している、ということです。

従って、今後は大事になるのは、新しい映画をプロモートする機能よりも、過去のストックをいかに効率的にマッチメークするか、ということになります。つまり、極論すればあとは整理してくれる人だけいればいいと思っています。従って「我々のミッションは、世界の情報を整理し尽くすことだ」というグーグルのステートメントは非常にコンフォタブルなのですが、その割にこの使い勝手の悪さはなんなのか?と思わせられます。