残る勉強と残らない勉強と

最近はビジネス書を殆ど読まなくなってしまっているのですが、戦略コンサルティングという職業をやっていくにあたって、これはいいことなのか悪いことなのか、ということをたまに考えます。

自分が顧客の前で話すことの殆どは、どこかで読んだり聴いたりしたことがネタになっているので、ビジネス関連の書籍を殆ど読まなくなっているというのは、これは発酵の材料になるコメや麦を供給していないということなので、どうもマズいのではないかしらん、というのが考え方の一つ目。

一方で、これは何で最近読まなくなっちゃったか、ということとも関係があるのですが、最近書店に並んでいる本の殆どが、ここ1〜2年しか読まれなくてすぐに世の中から必要とされなくなるような本だという気がしていて、それは典型的には一時期流行したセカンドライフとか、今だとツイッターとか電子書籍に関連する本とか、そういうものですが、こんなものを読んで「今、ここだけ」でしか有用でない知識の習得のために貴重な読書時間を投下するというのは、ROIとしてはいかがなものなのだろうか、という気もするんですよね。

以前にもこのブログで書きましたが、エルネスト・チェ・ゲバラが、コンゴに居る自分に送って欲しいと妻にリクエストした書籍のリストは殆どが古典、それもギリシア時代の本であって、現代の本って殆ど入っていないんですよね。何か根本的にモノを考えるとか、変えるとかという時って、やっぱり普遍的なもの、つまりその世界である程度古典として成立しているもの、これは何もギリシア神話だけでなくってビジネスの世界で言えば、産業組織論とか、そういった基本的なものをちゃんと勉強する、という方がいいのじゃないか、という気もするんですよね。といいつつ、じゃあそういう本を読んでいるのか、と訊かれると「まったく読んでません」というのが答えなんですけどね。

あとこれは競争戦略論の話なんですが、よくキャリアアップするためにビジネス書読んでいる人居るんですけど、これも程度問題であって、人と同じ本読んでいたら人と同じ結果にしかならないんですよね、当たり前ですけど。この辺、世の中の人はみんな何考えているのかホント不思議なんですけどね。人と同じ本読んでいたら、人と同じものしか出来ないし、出せない。僕はこの世界の中では相当変わった角度でアウトプットを出す人だと自他ともに認めていますけど、それって何が違うのかというと単純にインプットしているものが違うから、ということなんだと思います。まあ多少プロセッシングが違う、ということもあるのかも知れないけど、プロセッシング自体がなぜ違うのかというと、これも結局はインプットしているものが違うからプロセッシングも違うということになるわけで、畢竟、「必読のビジネス書特集」とかにリストアップされている本を一つ一つ読んで行くっていうのは、これは一体どう考えるとそういうことになっちゃうのかな、という気もするんですよね。

常識として最先端の知識を押さえておく、ということと、人と違うインプットを心がけることで差別化を図って行く、というのは、なかなかバランスが難しいですね。まあ最終的には、どこで自分の強みを出すか、それはつまり「あの人は常に最新動向を知っている」というポジションか、「あの人は常に根源的にモノを考えてアウトプットを出す」というポジションかということなんですが・・・・最後は向き不向きということなんでしょうけど、恐らくもっとも狙ってはいけないのは、「両方のポジションを狙う」ということなんでしょうね。

ココロします