Tuesday, July 20, 2010

続き

とさっきはそこまで書いてきて、つまり経済学は何を言っているかというとコモディティの値段は下がり続けて利益は出なくなるだろう、ということで、では値段や給料が下がり続けるのを嫌がるのであれば「差異化」が大事だ、とこう来るわけですね。

確かに、僕は付和雷同とか、組織の論理とかが大嫌いなので、世の中の人がみんな「サイカサイカ」と唱えながら、自分らしさを追求するのはいいことなのかも知れないと思うわけですが、一方で、これは選民思想ではないということをくれぐれもわかっていただきたいのですが、そもそも「差異化」のポテンシャルがある人なんて、ほんとに一握りなんじゃないか、という気もするわけですね。

会社ならともかく、人って何千万人もいるわけで、一方で、仕事で求められる要件とかクライテリアが1万くらいしかないとすると、どうしてもあるクライテリアに関しては競争状況が発生しますよね。差異化って土俵を分けるって話なので、人間が一千万人居たら土俵も一千万必要なわけですが、世の中にはそんなに沢山の土俵はないよね、とこう思うわけです。

で、もしそれがそうなのだとすると、経済学、というか経営学もマーケティングもそうなんですが、「汝自身を差異化せよ」という福音は、これはタイヘン残酷なメッセージを送っている、ということになってしまうわけですよね。

OECD加盟国の中で日本は人口当たりの自殺数が最も多いのだけど、そこの部分と、こういう社会状況はリンクしているんじゃないかと、思うんですよね。

え?差異化が求められているのは日本だけでなく欧米でもそうだけど、欧米の自殺率はそんなに高くないじゃないかって?はい、それはその通りなんですが、何なんだろうな。

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