iPodを使うとどんどんバカになる

最近、自分で自分の生活に合う音楽を選び出す能力がものすごく低下してきている様に感じています。

膨大な量の音楽や映画や書籍に接して、ある生活文脈の中で過去のストックから適したものを選び出して、そこに場合によってはオリジナルとは異なる意味を与えて提示する、というキュレーションの能力が自分の持ち味で、プロジェクトのアウトプットでも書籍でも、いいと言ってくれる人は恐らくその点を評価してくれているのではないかと思っているのですが、iPodを使い始めてから、あるいは読んだ書籍のメモをデジタルアーカイブにするようになってから、その能力が際立って落ちている様に思うんですよね(単に年のせい、という話もありますが)。

なんでこういうことが起こるのかというと、やっぱりこれは「選ばなくていい」ということが、どれだけ脳をダラけさせるかということの証左だと思うわけです。例えば夕食にどのCDをかけるかというのは、例えば僕の場合手元に1000枚強あるCDの中から、「これ!」という一枚を選択しなくてはいけないわけで、これはやはり脳に相応のテンションを与える行為だと思うわけです。ましてやそれが意中の女性との夕食だったりすると、CD一枚の選択、あるいは複数枚の流れの作り方次第で、起こるべきはずのことが起こらなかったり、あるいは起こると思ってもいなかったことが起こったりしてしまうこともあるわけで、これはもうトンでもないテンションがかかるわけですね。

もう少し別の角度から言うと、例えばテープに気に入った音楽を集めて自分なりのコンピレーションアルバムを創った経験って、30代半ば以上の方なら経験があると思うんですけど、これだって考えてみれば相当知的に負荷のかかる行為ですよね。自分の持っているCDのアーカイブの中から、流れと全体のテーマを考慮しつつ、一曲一曲を選んで行くわけですから・・・。

記憶を外部化して、それを丸ごとポータブルに持ち歩くことが出来る様になる。これは80年代から言われて来た一つの未来像の実現ではあるのですが、そうなることによって得られたものにばかり光が当たっている昨今、そうなることで失ってしまったものにも僕らは注意をするべきなのかも知れません。

そして、完全に新しいものが生み出しにくい世の中で、キュレーションという行為の重要性が高まっている中、僕らは日常生活の中ではむしろキュレーションのための基礎筋力をどんどん失って行く方向に傾いていっていること、いわば知的に怠惰になっているんだということ、を認識した上で、その筋力の低下をどういうエクササイズによって鍛えて行くのか、ということを考えて行かなければいけないのかも知れませんね。すいません、例によって答えはなく、問いかけだけなんですが。