文化リレーのアンカーとしての日本

中国や韓国がどんどん元気になってくる一方、日本の元気はしぼむ方向にあり、一部の人はそれを由々しき事態だと言って大騒ぎしていますが、意外にいいことなのかも知れない、というのがこの論考の趣旨です。

ユーラシア大陸の地図上に、西欧から東洋に文化が流れていく様を北方、南方それぞれのルートで描きこんでみます。で、この地図を、ヨーロッパを上側に、日本を下側してグルっと回してみると、丁度パチンコ台の様になります。欧州から弾き飛ばされたタマが、様々な場所を経由しながら、日本という穴に吸い込まれていく、というイメージですね。

これは多くの論者が指摘していることですが、日本というのは世界の最果ての、そのまた海の向こうに位置取りしていて、やってくるものを全部飲みこんで醸造してきた国です。よく教室なんかで自由に座らせると必ず一番後ろの、しかも窓際に陣取るヤツが居ますが、そういうクールな、冷めた位置取りに僕らの国は建国前からあって、しかも外からやってくるものは、だいたい「よきもの」と思って受け止めていた節があります。

例えば、日本人は大陸から漢字を受け入れて、それを元にひらがなとカタカナを作ったわけですが、もとから受け継いだ漢字を、では棄ててしまうかというと棄てない。漢字もひらがなもカタカナもちゃんぽんでごちゃ混ぜに使うわけです。僕は民俗学は専門ではないので、断定的なことは言えませんが、こういう民族はちょっと類例がないんじゃないかと思います。

その上で、漢字とひらがなの序列の構造はどうなっているかというと、これは「漢字>ひらがな」なんですね。漢字の方が偉いんです。自分たちで作ったものはInferiorである、と。どこにそれが出ているかというと、ひらがなもカタカナも「仮名」といっているからです。「仮名」というのは「仮」ということですから、本物ではない、ということです。本物は漢字であると。自分たちの作ったものは偽物であると、そういう認識をしているということです。

まとめると、紀元前660年の日本建国以来、日本はずっとこのクールな位置に居て、世界の人々の手を経て洗練されてきた様々な文物を受け取って、更に洗練・成熟させるという、いわば文化のリレーにおけるアンカーの役割を果たしてきた、ということが一つ。その上でさらに、アンカーとして奢ることなく、前走者の生み出してきたものを「よきもの」として、リスペクトしてきた、ということです。ここに日本が世界に類例をみないほどに洗練した文化を生み出してきたという、大きな構造的・地政学的な要因があります。

ところがここ100年で色々なことがあって、このクールな位置取りが全然出来なかった。一つは、これまでの文化の流入ルートが無茶苦茶になって、中国や韓国から全然パチンコのタマが落ちて来なくなったこと。中国や韓国ではなく、タマの出所である欧州や米国に直接ネタを仕入れに行ったり(明治時代)、あるいはそこの文化を全否定したり(太平洋戦争時)した結果、外からやってくるものを虚心に受け取って、洗練・成熟させるという、過去連綿と日本が果たしてきた「文化リレーにおけるアンカー」という役割が、全然機能しませんでした。これは、やっぱり日本にとっては結構つらいことであったわけですが、ことここに至ってまた希望が見えてきている、というのが僕の仮説です。

それは、また中国と韓国が元気になってきたので、またもとの通り、世界の辺境に位置するクールな国として、中国や韓国からやってくるよきものを、虚心に受け止めるという、本来の日本のポジショニングに戻ることが可能になるかも知れない、という希望です。そういうポジショニングでこそ、本来は強みを発揮できる国が日本なのだ、と考えてみると、これはあながち悪いことなのではないかも知れない、というのが昨今考えていることです。

写真は正倉院御物の一つですが、これはペルシア文化の影響を色濃く受けています。