Thursday, July 12, 2012

民主主義とイノベーション

組織開発の実務家という立場から、イノベーションの研究をしたり、イノベーションを加速したい企業のコンサルティングに従事したりしてひしひしと感じているのが、多数決で決まったアイデアにロクなものはない、ということです。

これは、最近出版された「イノベーションの理由」(武石彰、青島矢一、軽部大:有斐閣)にも描かれていることだけど、成功したイノベーションの多くは強烈な個性をもった人材(皆が右行くならおれは左というタイプ)によって主導されています。

つまり、イノベーションというのは集合的な意思決定のメカニズムによっては生み出せないということです。

このことはつまり、民主主義というのはイノベーションとなじみが悪い、ということでもあります。

ここで出てくるのが、いわゆる熟議制民主主義の体現国家である米国が、なぜイノベーションにおいても世界をリードしているのだろうか、という疑問でしょう。だって矛盾しているでしょう?

熟議とはつまり、議論をつくす、ということですね。敵対的な意見をもった他者とでも議論をつくすことで、全体にとってよりよい意思決定をやっていく、というのが熟議制民主主義の考え方ですが、イノベーションというのはそういうプロセスで生み出されるものではないことが、これまた様々な研究からわかっています。

一方で、熟議を尽くす事が苦手で、いまだに未成熟な民主主義でなんとなく社会を動かしている日本では、イノベーションがうまく起こせていない。

つまり、民主主義とイノベーションは折り合いが悪い、というのは外形的にわかっているのだけど、世界を見渡してみると、バカ正直に民主主義を信奉してマジにやっている国=米国においてこそ、い野ベーションは活性化していて、なんちゃって民主主義でこなしている国=日本では、なぜかイノベーションが停滞している、とこういう構図になっているわけです。

これはどういうことなのだ、と。

一つカギになるのが、意見の多様性と意思決定のリーダーシップという問題ではないかと考えています。熟議制民主主義では、自分の思ったことを「口に出す」ことが求められます。スピークアップしろ、ということですね。これがあって初めて、様々な立場にある人の様々な意見が表出し、その情報をもとにすることで、多数決でもクオリティの高い意思決定が出来るということですが、これは実はイノベーションにおいても同じことが言えるのかも知れません。

イノベーションにおいては、多様な意見の表出がカギになることがわかっています。要するに民主主義とイノベーションの違いは、後半の決めるところ、つまり民主主義は多数決で決める、イノベーションは誰かが一人が決める、という点での違いだけであって、前半の「議論を尽くす、スピークアップする」という点では求められるものが似ているのかも知れません。

すいません、全然まとまっていないんですけどね・・・・

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