アクティブノンアクションの恐怖


忙しい、それなりの充実感もある、だけれどもどこかに空しさも感じている、というような場合、あなたは「アクティブ・ノンアクション」に陥っている可能性があります。

アクティブ・ノンアクションとは、ロンドン大学教授のスマントラ・ゴシャールの命名です。

厄介なのは、この罠に陥るのは、組織の中で「出来る人」と評価されている人達が多い、ということでしょう。しかもアクティブ・ノンアクションにはモメンタムがあって、一度その中に絡めとられてしまうと加速度がついてそのまま走り続け、ついにはモメンタムの中にいることすら見失ってしまう傾向があります。

つまり、そのままキャリアのピークを超えてしまい、晩生になってから「あれ?」と気づくことになる、ということです。

大好きなミハエル・エンデの傑作「モモ」には、灰色のスーツを着た「時間泥棒」に少しずつ時間を奪われていく大人たちが描かれていますね。時間泥棒と戦うモモの姿にドキドキした人達も、大人になって自分たちがアクティブ・ノンアクションの罠に絡めとられて灰色のスーツの男たちになってしまっていることに、なかなか気がつきません。

ゴシャールの調査によれば、マネジャー層の約4割がアクティブ・ノンアクションに陥っていることがわかっています。結構な人達が灰色のスーツの男たちになってしまっているわけですね。

そういえばギリシアの哲学者セネカもアクティブ・ノンアクションの危険性を指摘していましたね。セネカはその著書「人生の短さについて」において、アクティブ・ノンアクションを絶妙に「怠惰な多忙」と表現しています。

セネカ曰く、

「多忙な人間は何事も十分に成し遂げることが出来ない。多忙な人が「よく生きる」ことは稀である」

あるいは

「諸君は永遠に生きられるように生きている。満ちあふれる湯水でも使う様に時間を浪費して」

マルクス・アウレリウスもまた、「自省」によって、よく生きる術を見いだすことを説いた人でした。

そしてまた現代においても、例えば経営者の行動を深く研究したヘンリー・ミンツバーグは「忙しい現代人に本当に必要なのは、知識やスキルを積み込むためのMBAやブート・キャンプではなく、自分を内省する経験だ」と一貫して強く主張しています。

毎日を多忙に過ごしているにも関わらず、本当に人生にとって重要で意義があり、真の充足感をもたらしてくれる何かについて、自分は見えていないな、と思われたなら、もしかして貴方もアクティブ・ノンアクションの罠に絡めとられているのかも知れません。