Tuesday, December 11, 2012

時間泥棒とのたたかい

ここ一ヶ月程しっちゃかめっちゃかに忙しくて全然ブログを更新出来ませんでした。
今週から少し落ち着いて、ああこのまま年末に入れるといいなあ、と。

今は夜の10時、サイモンラトル指揮のマーラーを聴きながらこれを書いています。

最近、改めてやっぱり人生というのは時間配分が全てだな、ということをよく考えています。
つまり、時間を何に使うかということが、貴方がどうなるかということの全てを決めるということです。

もし貴方が、自分にとって価値ある活動に時間を投資出来れば、貴方は時間の使い方に応じて色々な意味で豊かさを獲得していくでしょう。

もし貴方が、自分にとって価値のない活動に時間を投資してしまえば、その時間が生み出したであろう豊かさは、貴方の時間を奪った誰かにスライドしていくことになります。

この「時間を奪う誰か」は、例えばかつてのテレビ局であり、現在はソーシャルゲームの事業者です。

だから彼らの収益性はとても高いでしょう?なぜ彼らの収益性がこんなにも高いかと言えば、それは「人の時間を奪ってそれを卸売りしている」からです。

大好きなミハエル・エンデの「モモ」には、灰色の服を着た時間泥棒が出てきますね。彼らはまさに人の時間を奪ってそれを卸売りしているわけです。

エンデの原作では、もちろん時間泥棒はモモの敵として描かれているわけですが、資本主義社会においてその是非を判断することはなかなか難しい。実定法主義的に言えば、適法の範囲内において彼らは企業価値を最大化させるための活動をしているわけで、それ自体は責められることではありません(好き嫌いはありますけどね)。

結局は自己責任ということになるのかなあ、嫌な言葉だけど。

自分を一つの事業として考えてみた場合、投資出来る資源は時間しかありません。だから、何にどれくらいの時間を使うかという意思決定は、企業における投資の意思決定と同じ、とても重要な論点だということを努々忘れてはいけない、ということなんでしょうね。


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