Thursday, January 24, 2013

「でも」禁止令

最近、「でも」という言葉をものすごく安易に使う様になっていて、これは良くないよなあ、と感じています。

話し相手が何かを話し終えて、たとえその意見に同意して話を続ける時でも

「でもさあ」とか「でも〜」

と受けて話を続けてしまう。

でも(とまた使う)、「でも」という言葉は、「その通りだと思います」とか「いいえ、あなたの意見には同意出来ません」といった明確な態度の表明はせず、かといって完全には同意していないというとても微妙なニュアンスの言葉ですよね。

その分とても便利で、ありとあらゆる「受け」のシチュエーションで使える言葉であるが故に、(一時期、若い女の子が「かわいい」で世界を切りまくっていた様に)安易に「でも」で受け取って、勝手に自分の言いたいことを繋いでしまう。

だけど、そういう言葉に頼りきってしまうとコミュニケーションを行う際に精密に言葉を編んでいく能力が損なわれてしまうように思えるし、何より「でも〜」といって話を続けるよりも、「そうだね」とか「なるほど」とか「どうなのかな」とか「もしそうだとすれば」と言って会話を続ける方が、なんだか豊かな気がするでしょう?

村上春樹さんはとても美しく会話のシーンを描きますよね。で、改めて読み直してみると、やっぱり「でも」という言葉は、明確に、英語でいうところのBut...の意味でしか使われていないんですよね。

「わたしには彼女に会う理由がないような気がしたの。それはきっと私とはまるで別のものだから」
「でもそれは君自身だったかもしれない」
(世界の終わりとハードボイルドワンダーランド、p247)

ということで、後で文章に書き起こしたとしても美しくなるように話したいということで、今後は「でも」禁止令を自分に発令することにしました。

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