Wednesday, October 7, 2015

葉山での生活 通勤について

葉山に暮らしはじめてほぼ二ヶ月ほどになります。長く暮らしてしまうと、おそらく最初に感じた印象も忘れてしまうと思うので、いま心に思い浮かぶことを備忘録として少しずつこれから書き残していきたいと思います。




まず、総論として思い浮かぶのは、他人が言うほど大変ではないな、ということです。おそらく多くの人は通勤のことを思い描いてそう言っているのだと思うのですが、以前に暮らしていた世田谷の深沢と比較して、うーん、確かに通勤時間は多少長くなったかも知れないけど、あんまりそれが大変だとは思わないんですよね。

どうしてなのかと考えてみたのですが、一つには「時間の質」があるのではないかと思っています。たとえば、深沢からオフィスまで、だいたい50分程度かかっていたと思うのですが、そのあいだはずっと立ちっぱなしで、かつ乗り換えも何度かあり、落ち着いて本を読んだり音楽を聴いたりということは難しい時間でした。要するに時間の逐次分散投入になっているわけです。本を読んだりメモを書いたりという知的作業には一定の臨界量が必要になります。つまり、ある程度のまとまった時間を投入しないと、効率が上がらないということですね。そういう意味では、乗り換えをしながらの通勤時間=50分という時間は、知的生産におけるインプット、あるいはアウトプットにも用いるのが難しい時間で、ただ単に無為に過ごすしかなかったわけです。

で、葉山に暮らし始めてどうかというと・・・

これが自動車通勤と電車通勤とでかなり時間が変わるのですが、まずは自動車通勤から話しましょうか。

驚かれることが多くて、逆に僕が驚くのですが、クルマで通勤すると葉山から新橋のオフィスまでは、だいたい正味で一時間ちょっとです。距離と時間って相関しないんですよ。ちなみに、僕の知人は軽井沢に住んでいて、そこからミッドタウンのオフィスまで毎日通っていますが、通勤時間は正確に1.5時間だそうです。距離と時間は相関しない。覚えておいてください。

で、話をもとにもどせば、葉山から新橋まで、運転しているあいだは、だいたい三つのことに時間を使っています。一つ目は放送大学の講義を聴く。先日はニーチェの『ツアラトゥストラ』に関する講義がとても面白く、オフィスについてもクルマを降りずに駐車場でずっと聞き入ってしまいました。放送大学のいいことは、無目的に新しい学びに出会う、ということだと思っています。いわゆるセレンディピティですね。科目によっては、あまりにも自分の理解の範疇を超えているなと思われるものもあるのですが、そういう場合でもじっと耳を傾けていると、いろいろな知的刺激が得られます。放送大学、お奨めデスよ。これが一つ目の時間の使い方。

二つ目は、オーディオブックを聴くことです。たとえば批評の神様と言われた小林秀雄さんには多くの講演録が残されているので、こういったものをずーっと聴いているととても刺激になります。いま聴いている講演録はじつは以前に活字で読んだことがあるものなんですが、これが実際に小林秀雄の肉声で聴いてみると、まったく受ける印象が違うんですよね。情報量が多いという、まあそういうことなんですけど、こんなにも厳しく、激しい人だったのかということが、音声だからこそ腹にしみこむようなところがあって、これは電車のなかで文庫読むのと全然違いじゃないか、と思ってます。

三つ目が英語の勉強かな。これは実にクダラナイというか、その日のBBCやEconomistのストリーミングや、あるいはTEDのPodCastを聴いています。殆どがつまらない内容ですけど、まあ外資系に務めてるんで仕方がありませんね。

以上の三つは、知的生産における「インプット」に該当するわけですが、では「アウトプット」はどうか、と。インプットをしていると当然ながら色々なアイデアが思い浮かぶわけですが、これを記憶していて後でメモに残しておこう、などと悠長なことを考えていると、ご想像の通り、そのアイデアは霞のように消えてしまいます。したがって、クルマを運転しながら、思いついたアイデアを都度記録していくインフラが必要になります。

では、どうしているのかというと、すいませんなんの工夫も無く、SIRIを用いてiPhoneのメモに音声で記録しています。変換精度のレベルはどの程度かというと、後で残った原稿を見てみて、「はて、これは一体なにを言おうとしたのだろうか」と思うレベルといえば伝わるでしょうか。率直に言って、職業作家が口述筆記をするための道具としては「使い物にならないな」というレベルです。とはいえ、通勤時間をつかいながら口述筆記で原稿を書いているというのも、「備忘録の備忘録」というか、なにかを書こうとしたらしい、という程度の備忘録にはなっているし、そもそも口述筆記というのはチャーチルのようでなかなかカッチョいいじゃないか、と思うわけで、まあ懲りずにやっています。

電車通勤の場合、時間は一気に1.5時間に増えます。葉山から逗子まで、バスで15分。逗子から新橋まで横須賀線で50分。新橋からオフィスまで15分。待ち時間等のバッファを加えると〆て1.5時間ということになります。で、これはよく知られていることですが、横須賀線は逗子駅で四つの車両を増車するので、一本くらい見送れば必ず坐れます。これはかつて田園都市線の通勤地獄を長いこと味わった僕にとってはとても有り難い。この1.5時間をなにに使っているかというと、1:本を読む、2:パソコンを開いてメールのチェックをする、3:音楽やオーディオブックを聴く、4:寝るのどれかということになります。ま、これはこれで生産的な時間ですよね。とくに、オフィスに着く前に一通りメールの返信が出来てしまうのがいい。一時間くらいって、丁度そういう作業にいい時間ですよね。

で、ツラツラと書いてきましたけど、最終的になにが言いたいかというと、多くの人は住む場所を考えるに当たって、通勤時間の「量」の問題だけを過剰に重視する一方で、「質」を軽視しすぎている、ということなんですよね。しょっちゅう乗り換えがあって、かつギュウギュウ詰めになる50分の通勤と、自分の好きなコンテンツを聴きながら自動車で通勤する1時間は、どっちが中長期的にROIが高いのか、ということを考えてみたらいいのではないかな、ということです。

では、また。

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