http://artsandscience-kipling.blogspot.jp/2011/01/blog-post_07.html
僕がこの曲を始めて聴いたのは小学校高学年の時でしたが、その時に周りの景色が一瞬で凍結する様な不思議な感覚を抱いたことをいまでもよく覚えています。樹の枝が風にしなる様とかね。もの凄いショックというか、感動を通り越した不思議な感覚だったんですよね。こういうのを感じさせられたのは他にビートルズの「レットイットビー」とかジョニ・ミッチェルの「ボースサイズナウ」とか、本当に生涯で数曲しかありません。
まあそれはともかくとして、この「ひこうき雲」、ほんとうにロックとかクラシックとかジャズとかいったジャンルを超えて、これほどの名曲というのはちょっと他にないだろうと思うくらいの傑作だと僕は思っています。
で、そのエッセンスは「切なさ」にあるのではないか、と。
これほどまでに壮絶な「切なさ」を人に感じさせる音楽ってちょっと他にないんじゃないかなあ。少なくとも僕はちょっと思いつきません。切ない曲っていうと、
例えばプロコルハルムの「ソルティドッグ」とか、
Procol Harum -A Salty Dog-
あるいはジュディコリンズの「アルバトロス」とか、
Judy Collins -Albatoros-
こうやって聞いてみるといい線いってるんだけど、やっぱり比べるとぜんぜん及んでいないよなあ。
で、2年前のブログと重複する部分もあるのですが、あらためてこの曲「ひこうき雲」について、楽曲分析してみたいと思います。
この曲、調はE♭メジャー(変ホ長調)になります(二年前のポストではFメジャーと書いていますが間違いですね。。。すいません)。イントロのアルペッジオも素直にE♭の分散和音から入ってCm7→E♭→Cm7ときて、ここからボーカルが「白い〜」と入ります。
前半は比較的素直ですよね。「しろい〜」から「あの子〜をつつむ〜」までの最初のメロディは
E♭→E♭/D→Gm→A♭→A♭/G→Fm→B♭→B♭/A♭→Gm→A♭→B♭7
という流れです。半音でズルッと下がってポンッと上がるという特徴的なベースの動きを繰り返してB♭7のドミナントで半終止になります。ちょっとプロコルハルムの「青い影」に似てますよね。
で、この進行を「だーれも〜気付かず〜」から「舞い上がある〜」までは繰り返します。
ここからがサビに移るのですが、
「空に〜あこがれって〜」のところは
E♭→Gm7→Cm
となっています。これを機能和声の表記法で書けばⅠ→Ⅲ→Ⅵとなり、T→D→Tの偽終止ということになります。そんなに珍しいものではないですよね。特にユーミンはマイナーコードを使った終止が好きみたいで「恋人がサンタクロース」でも「リフレインが叫んでいる」でもこのタイプの終止を使っています。
で、問題になるのが次の「空を〜かけってゆく〜」のところです。ここ
Gm→B♭m→A♭
という進行なんですが、これ、もの凄く自然に響くのに和声的にどういう構造になっているのか、いまひとつ僕にはよくわからないんですよね。なんでこんな奇妙な進行でここまで奇麗に鳴るのか、まったくわからない。でも本当にパワーありますよね。人からの慰めを振り切るようにして空に登っていく「あの子」の強さが、この「かけってゆく〜」の和音と声に込められているのを感じる。
この後、「あの子の〜命は〜ひこうき雲〜」のところは、
Gm7→A♭M7→B♭7sus4→B♭7
となっていて、ここはまあわかりやすい。Ⅲ→Ⅳ→Ⅴの流れで典型的な半終止ですね。キーがE♭ですからB♭7はドミナントになり、「腰を下ろして小休止する」感覚をここでつくっています。直前がとてもエモーショナルに高ぶる箇所なのでここで少しクールダウンする感じがありますよね。
この後、いわゆるAメロを繰り返して、ふたたび、先ほど「ぜんぜんわかんねえ」と指摘したサビのところに来るわけですが、ユーミンはここでもまた技を繰り出していて、よく聴くとこれ、二回目は微妙にコードを変えてるんですよね。
サビの最初の二小節、「空に〜あこがれて〜」のところのコードは変わらず
E♭→Gm7→Cm
なんですが、その後の「空を〜かけってゆく〜」のところ、ボーカルはここでひときわ高音に振れるんですが、ここの部分のコードは
Gm→Fm7/B♭→A♭M7
となっているんですよね。ちなみに再掲すると一回目は、
Gm→B♭m→A♭
ですから、まあ微妙な違いと言えば微妙なんですが、実際に楽器でならしてみるとかなり色彩感に違いがあることがわかるはずです。
あああこれ、いま弾いてみて気付いたんだけど、要するに調性があいまいになってるんだな。E♭メジャー(変ホ長調)で始まった曲で、どこかで明確に転調しているわけではないんですが、サビの途中から調が浮遊していてA♭メジャー(変イ長調)とのあいだで調性の境目がどっちつかずになってる。
だからサビの最後のコードのA♭は、A♭メジャー(変イ長調)の全終止と考えた方がいいのかも知れません。実際に二つ目のB♭mのコードを、A♭メジャー(変イ長調)のドミナントであるFm/E♭に変えてみると奇麗に鳴るんじゃないかなあ?ああうん、確かにこっちの方がいいかも、というくらい奇麗に鳴りますねってブログ読んでいる人には全然伝わらないですね、すいません。これ、調性をあいまいにするためにわざわざB♭mを使ってるんだなあ、スゴい。
一方、サビの二回目については、真ん中の和音のルートは同じB♭ですが、わざわざFm7/B♭に変えていて、で弾くと明らかに単なるB♭mよりも「突き抜け感」が増すことがわかります。本当に微妙な差なんですけどね。
このサビのあと「あの子の〜いのちは〜ひこうき雲〜」の部分は、
Gm7→A♭M7→A♭/B♭→A♭→B♭m→A♭→B♭m
という進行で終わります。やっぱりそうなんですね。E♭メジャー(変イ長調)で始まった曲ですけど、終わりはA♭なんで、調性が浮遊したまんま終わっちゃうんですね(西洋音楽では基本的に楽曲の最初の和音と最後の和音は同じ和音になります。皆さん、小学校の教科書をもう一回読み直してね♡)。まるで空をふわふわと登っていく様な、そういう浮遊感を生み出したかったんでしょうね。
あとね、最後に指摘すると、この曲、メロディで使っている音とコードの構成音がぜんぜんダブってないんですよね。
例えばサビのところの「空を〜かけってゆく〜」のところなんて、コードが
Gm→B♭m
なのに、メロディは「ミ♭ファソ〜ソドシ♭ソミ♭〜」となっていて全然合ってないんです。普通こういうことやるとものすごく不協和に聞こえるはずなんですが、この曲の場合、このメロディならこの和音しかあり得ない、という完璧なフィット感があるんですよねえ。
本当に、つくづくすごい才能だと感服します。
ああ、すっげえ疲れた。