同胞の一部が享受していた邪魔な特権を彼らは破壊した。しかしそのことによって、かえって万人の競争が現れる。地位を分け隔てる境界そのものが消失したのではない。単に境界の形式が変化したにすぎない。不平等が社会の常識になっている時には、最も著しい不平等にも人は気づかない。それに対して、すべての人々がほとんど平等になると、どんな小さな不平等であっても人の気持ちを傷つけずにはおけない。だからこそ平等が増大するにしたがって、より平等な状態への願望は常にいっそう癒しがたいものになり、より大きな不満が募ってくる。(Anderson, 1999, p.305)
同期入社した同僚に比べて自分の地位が低かったり、給料が少なかったりしても、それが意地悪な上司の不当な評価のせいならば、自尊心は保たれる。格差の基準が正当ではないと信ずるからこそ、人間は劣等感に苛まれないですむ。平等が確定された正しい社会ほど恐ろしいものはありません。社会秩序の原理が完全に透明化した社会は理想郷どころか、人間には住めない地獄の世界です。
小坂井敏晶『社会心理学講義』p215-216