最近になってケネディをディスクレジットする歴史学者が増えて来た、というBBCのニュースを聞いた雑感。

ケネディ大統領の演説は頻繁に名演説の代名詞みたいに扱われるけど、僕は高校生の教科書で始めてケネディの演説を読んでから、こんなにひどい演説を聴いて喜んでいというのはどういう人達なんだろう、と不思議に思っていました。

理由はまったくビジョンがないから。

ビジョンというのは、今はこういう状態だけど、こういう状態に変えます、という絵姿を示すことですね?ところが、ケネディの演説というのは、例えば「国に何をしてくれるかより、国に何が出来るかを問うて欲しい」、「なぜ月を目指すのか?と人は問う。答えよう。なぜならそれが最も困難な目標だからだ」って・・・・おいおい、と思わないんですかね・・・。つまりコピーとしてはかっこいいんだけど実直なビジョンとか計画というのは全然示していないんですよね。

一方で、実は新約聖書を読めばイエスも、あるいは資本論を読めばマルクスも、結局は「新しい世界が訪れるだろう」と言っているだけで、その次の世界の具体的な絵姿を示していないんですよね。新しい世界の具体像は受け手に委ねる、というのがコツなのかも知れませんね。